エディーバウアー(Eddie Bauer)の発想とモノづくり

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多彩な趣味の持ち主であり、そのすべてにこだわりを持っていたエディー・バウアーが最初に特許を取ったのが、なんとバドミントンのシャトルコックの発明。シャトルをなんとか直線的に飛ばすようにと苦心したこの発明は、アメリカ、カナダ両国での特許取得となりました。

そして、アウトドア用品ブランドとして記念すべき特許となったのが、1936年に発明され、「スカイライナー」と名づけられたアメリカ初のダウンウェア。真冬の釣りに出かけるのが好きだったエディー・バウアーが凍死寸前の体験を経て発明に至ったという話が残っています。

凍死寸前の体験をしたのであれば、「もう、真冬の釣りはやめよう!」となるのを、逆に「なんとか凍死しないように、真冬の釣りをするこができないか?」と考えたことから発明されたというのが面白いところで、これが現在のエディーバウアー製品の原点と言っても良いでしょう。

これはその後、アメリカが、1953年のK2ヒマラヤ遠征を始めとして、1963年のエベレスト初登頂、1978年のアラスカ氷原での1000マイルにおよぶ犬ぞりレース参加などの実績を残した際のサポートにも活かされ、そこで培ったノウハウは、市販品へもフィードバックされました。

また、冬のファッションの定番素材であるレザーのメンテナンスに変革をもたらしたのもエディーバウアーで、上質のレザー100%にもかかわらず一般家庭で洗濯可能な、”シアトル・スウェード(Seattle Suede)”と呼ばれる素材は、現在でも多くの製品に使用されています。

エディーバウアー(Eddie Bauer)について

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1899年、アメリカのシアトル沖合いにあるオルカス島で生まれ、島の自然に囲まれて育った人一倍好奇心の強い少年は、その自然の中で遊びながら、いつも「どうしたらもっと楽しく遊べるだろうか?」ということを考え続け、様々な工夫をすることが日常の楽しみでした。

自分の考えたことを実現するのに既存のモノが間に合わなければ、自分自身でそれを創り出し、自分自身でそれを試してみる。そして、納得がいくまで工夫を重ねて改良する。そういったことを繰り返すことによって、彼独自の発想力、創造力は大きく膨らんでいったのです。

そして、自分自身が楽しむために作った道具やウェアを他に広めることを彼が生業にしようと決めたのは、その発想力、創造力に自信を深めたからに他なりませんが、そのこだわりを楽しみながら製品に活かし続けるという姿勢を貫くこと自体にも、彼はこだわり続けました。

彼の名は”エディー・バウアー”。1920年、彼自身がシアトルに自分の名を冠したショップであるエディーバウアー1号店を開店して以来、世界中に400店舗以上を持つようになった今日まで、エディーバウアーの創業者精神は受け継がれ、製品づくりに活かされています。

場合によっては、生死にかかわることになるアウトドアライフというものを、創業者自身が身をもって知っていたこと。生死にかかわるからこそ、信頼あるモノと一緒でなければ、心から自然を楽しむことができないことをエディーバウアーは教えてくれる気がするのです。
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